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始終至智への旅

筑紫哲也

題字:筑紫哲也

第22回 温泉こそ命

2008年4月28日(月)

 こんにちは、筑紫哲也です。

 外国暮らし、または長期滞在をしている男たちが集まって、「日本に帰ったらまず何をしたいか」という話になったとします。

 いちばん多い答えは何だと思いますか。

 私の知る限り、2番目、3番目は人によってバラつきがあるのですが、1番目は不動です。

 それは、「温泉に行きたい」です。

 私は、世界中でもこんなに温泉が好きな民族を他に知りませんし、こんなに設備が行き届いていて、変化に富んだ温泉が多くあるくにも知りません。

 ところが現在、長い間有名だった大温泉地ほど不況が続いています。経済学的に言えば「需要」はあるのにこんなことが起きてしまうのは、「供給」のありかたに欠陥があるとしか思えない、と私は言い続けてきました。

 何を間違えたのか、というのは長い話になってしまうのですが、端的に言えば、温泉が好きなのは中年男たちだけではなく、さらに、温泉好き全員が、団体客として行きたいわけでもない――という事実を見誤ったことが大きいのだと思います。温泉施設の建物はみなビル(ホテル)になってしまい、そのなかで、中年男や団体客の「需要」を全て満足させようと待ち構えている――。

 「オレは丸の内のビルに泊まりに来たんじゃないぞ」と思わず叫んだ記憶があります。

 県庁所在地に温泉がある、という所がこの国にはいくつかあります。市町村合併が進んでますます増えたのですが、なかでいちばん歴史が古く、有名で、しかもまちのど真ん中にあるのは、愛媛県の県庁所在地、松山市にある道後温泉です。

 道後温泉は、夏目漱石の「坊っちゃん」にも出てくる、有名なところです。

 松山市内という便利な場所にある道後温泉は、さぞかし条件に恵まれたところだと思われがちですが、現地で話を聞くと、とんでもない。

 通常の、いわゆる温泉街だと、その観光的価値を高めたり、守ったりするために行政も協力するのがふつうです。

 ところが県庁がある市では、いちばん大事なのは「県都にふさわしいまちづくりをすること」であり、温泉はむしろ「鬼っ子」扱いになりかねません。さすがに道後温泉くらいまでになると、そう邪険にはできないはずですが、「温泉を主役にしてまちづくりをしている所がうらやましい。県庁所在地だということで得をしたと思ったことはひとつもない」と私に語った旅館主もいました。

 しかし、自分たちのハンディキャップをよく知っている道後温泉は、とても努力していて、とくに、温泉としての「風情」を保つことに努めています。

 大温泉凋落の主因は、大型化とお客の「囲い込み」によって、浴衣がけで街をそぞろ歩きしたくなるような「風情」を殺していったことだと、私は思っています。

 私の場合、道後温泉が忘れがたいところとなった出来事は、そこで偶然、ひとりの陶芸家と出会ったことでした(と言っても、ご本人と会うのはずっと後のことになるのですが)。温泉街のお土産屋さんなどをひやかしていると、そこで偶然、店の奥に「郷土出身の若い陶芸家」の作品が飾られていたのです。私はひと目でその個性に魅せられ、そのうちの一点を買うとともに、作者本人の連絡先を教えてもらいました。

 そんなこともあり、ひところわが家はこの陶芸家、土居恭司氏(どいきょうじ・宇都宮市在住)の作品だらけになりました(やきものはそう壊れるわけではないので、今も健在ですが、さずがに「占有率」はかつてほど独占的ではなくなっています)。

 そういう思いがけない出会いも、温泉の楽しみのひとつですよね。

蛇足

やきもので健在――ということで思い出すのは、松山近郊にある砥部焼です。砥部焼は、陶器というよりも、厚みを帯びた磁器ですから、とくに丈夫。現地に出かけて、いろいろと買い込んだのは20年以上も昔ですが、わが家では日常の器の主力として依然、活躍中です。


筑紫哲也からおたずねします

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