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心に残るエッセイ

臨死体験

  • カテゴリー:遊・学
  • 都道府県:静岡県
  • 投稿日:2010年06月10日 06:02
  • 投稿者: 松本晴雄 さん(静岡県)
  • 201006100602-3000023

 私は以前ミニコミ誌「ほっとらいん」「ほっといず」を編集・発行していた。いま読み返してみても感動するものが多い。それをただ紙くずとして朽ちらせるのは惜しい。皆さんにも読んでいただきたく、不定期連載させていただく。


    見性(さとり)について     戸田村(現沼津市)伊 藤 一 雄

 私も81歳になり、平均寿命を過ぎました。「いつ死んでもいいか?」と聞かれますと「いつ来るか分からないが、しかし死にたくない」という思いがあります。

 碁の名人で本因坊といわれる人が自分が死ぬ時にこう詠ったそうです。「碁となりせば、こうなりたてて凌がんも死ぬるばかりは手はなかりけり」人間というものはこういうものでしょう。「人間は一人で生まれ、一人で死に、一人で来て、一人で去る」という言葉もあります。死ぬ時は一人です。悟りとは生きながら死ぬ時の体験をすることですが、これは容易なことではありません。

 私は僧侶の道に入り、16歳から釈迦の悟りの境地を体験しようと努めました。なぜかというと当時は戦争中で、何れ自分も戦死という時代でした。つまり死ぬことが恐ろしかったのです。それで大死一番死んだ気持ちになろうと座禅に努めましたが、本当に死にきるということは難しいことで、見性することはできませんでした。

 ところが昭和19年7月7日、サイパン島の最期の総攻撃で頭に破片が入り出血多量、最早これまでと身も心も捨てて早く死のうと決意しました。

 本当に死のうと決意したのはこの時が初めてでした。「大死一番、精神的に死んで来い」と禅の 老師は言いますが、本当に死にきるということはなかなか体験できないことです。私は敵弾を頭に受けて穴の中へ倒れました。総攻撃の途中でした。

 最早これまでと身と心を捨て去ったのです。ところが不思議というか、全く何も無いすがすがしく清らかな気持ち、無心の境地というか、空というか、ゼロというか、私自身もなく、痛みも無くなり、米軍も無く、日本軍も無く、戦いも無く、全く何も無い、さわやかな気持ちでした。天地を貫く大空のような心境でした。

 あとで道元禅師のいう一身心脱落、脱落心身」だと思いました。これは禅でいう「見性」(さとり)の端的です。何も無いさわやかさだけです。一切の思いや分別の無い世界です。敵も味方も戦いもありません。生まれるとか、死ぬとかもありません。不生不滅の禅定の世界です。全てのものは空です。実態はありません。自分もありません。全てのものは因縁に依って生じ、因縁に依って滅するのです。
 
 それから出血が止まらないので(止めようと何もしないので)意識がぼんやりとしてきました。そして暗いトンネルに入り、次に光につつまれた明るい所へ出ました。気分はすばらしく恍惚状態となり、空を飛んで美しい島に降りて眠ってしまいました。(これは臨死状態です)。どれだけ経ったか分かりませんが、風によって私は気がつくました。しかし、私は一体誰なのか、なぜここに倒れているのか何も分かりませんでした。

 私は美しい島に往ったはずです。自分の服を見ると、血だらけでやや固まっていました。いったいどうしたんだろう、と考えました。しばらくして事の次第がだんだん分かってきました。そして山の方に這って行き、穴の中で眠りました。地上では残敵掃討戦が連日続いていました。私はこの時の見性(さとり)と、臨死体験により人生観が変わってきました。

 この戦争で人間の業の深さを痛切に感じました。人間は欲望で生きているので、業を犯してしまうのです。聖徳太子の「世間虚仮・唯仏是真」が強く心に響くのです。仏とは空をさとることです。体験することです。無我無心(空)になると、天地万物と一体になることを体感します。生命についても生まれるも死ぬも宇宙の摂理(エネルギー)に依るものです。

 親にも国家にも生殺与奪の権限はありません。人命は誰も奪う権利はないのです。天上天下唯我独尊です。宇宙と一体になって宇宙の現象を見ますと、宇宙には地球を含めて進化の方向性があると思われます。その方向性に添って人類全体で考えていかないと、空気や水についてみても将来大変な事になると思われます。環境の問題、また人間中心主義の考え方の是正、また大国中心の問題、また人口や食糧や貧富の格差など、経済や政治ももっと地球環境全体から考えていかなければならないと切に思うのです。これは大東亜共栄圏建設や、最終戦争の罪を犯した日本の21世紀における方向だと考えています。

 今の様な世界環境では、人類は人類に依って自滅する事になるのではないかと心配する昨今であります。



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